これ吸う間だけ、笑ってて

「答え合わせはいいから 今夜ふたり夢を見ようよ」

社会不適合者が自担に呪いを解いてもらった話

 たったひとこと、ココアが好きと言ったことをずっと忘れられない。
 ほんとは苦手なんだけど、その好きを知りたくて。甘いだへったくれだと文句じみた言い訳しながら生クリームに口をつける瞬間、どうしようもなく私はこの人に変えられてしまったなあ、と笑えてしまう。
 『あなたに逢うまでのあたしは まるで眠れない夜みたいだった』
 毎回、このモノローグを思い出しながら、スカートの短さを気にしてみたりする、お決まりのコンサート前。慣れない格好の自分をちょっとだけ鼓舞してみたりして会場に向かうのが恒例で。

 


 つまるところ私は自担に呪いを解いてもらったのだと、東京ドームに向かうタクシーの中で気付いたからこのブログを書きます。自分自身にかけた呪いを、魔法に変えてもらったことを忘れないように。
(別に全然面白くもないし自担のプレゼンをしている訳でもコンサートの感想を書いている訳でもないし全然ポップでもハッピーでもないので、そこは期待しないでください。)

 


 自担を好きになった時私は酷い有様だった、と思う。
 ほんとに社会とギリギリ繋がってる程度で、とてもじゃないけどコンサートでうちわを持てるような女じゃなかった。思春期にかかった「自分を卑下して安心する」「自分自身を蔑むことで他人の視線から心を守る」という便利な処世術に似た呪いを、解けなかった。どうしたら解けるかもわからなくて、だけどどうしても可愛いワンピースを着てコンサートに行ってみたくなった。

だから、とりあえずリンゴ30個分くらい痩せてみた。そうしたら人にちょっと褒められた。図に乗って髪の毛を伸ばしてふんわり巻いてみたり、肌ツヤ気にしてみちゃったり。そして、コンサートに入るにはお金がいる。だからその日暮らしな生活を卒業し真面目に働いて、泥のように眠るためのお酒も減らして煙草も辞めて。コンサート前のカフェタイムもブラックコーヒーをミルクココアにした。
そんなことをひとつひとつやっていたら、いつの間にか社会の歯車になれていた。
徳を積まないとコンサートには入れない!がモットーなので、とりあえず今現在も毎日頑張って無遅刻無欠勤で働いている。自分にびっくりした。高校なんかあと1日休んだら4年生になるとこだったのに。

 もちろん他人から見たらだから何、って話ではある。
 別に世界一可愛いとか街で人が振り返る美人ではないし、多分それはこれからも一生なれない。本当に毎日綺麗になる努力をしてる女性や、ずっと誠実に生きている人からしたらこんなの当たり前で努力ですらないと思う。なにをふざけたことを抜かしているんだ、と言われてしかるべきだ。
私は性格も生活も怠惰で、相変わらずナイスバディでは全くない。なんなら今だってバームクーヘン食べながらこれ書いてるし、スリットスカート履いて足組んで怒られる女である。コンサート会場に行く度に可愛い人ばっかりで普通に場違い感すごいし、パステルカラーなんか壊滅的に似合わない。(蛇足ではあるが、正直パステルカラーとか白ニットに憧れている。ほんとに笑われるくらい似合わない。これは所謂パーソナルカラー的な問題だと思うけど。)
 
 それでも一年前の自分よりは多少マシな面構えになってるはずで、そんな自分を「頑張ったじゃん?」と認めてあげられるようにはなった。気がする。
 まだ胸張って変わりましたわたし!と言える自信はないけれど。
どうせ私なんか、と遠ざけていた色んなことが実は楽しかったり。諦めていたことが案外出来ちゃったり、自分の努力をきちんと認めてあげようと思えたり、無理なもんは無理と言えるようになったり。
 もちろん全てが自担の影響ではない。大切な人と共に生きた日々、日常で考えたことや思ったこと、時には運や流れで手に入れたものもある。
 だけどやってきたチャンスに手を伸ばすか迷った瞬間も、今までなら手が出なかった服にチャレンジする瞬間も、いつも一瞬その顔を思い出した。そしてそんな自分を「性格変わりすぎじゃない?(笑)」とかなり小馬鹿にしつつ、すっかり勇気が湧いていて、これからもっと頑張ろう、と前を向いて考えることが出来た。周りも自分が考えていたよりずっと優しかったし、被害妄想という名の雲を払ったら意外と世界は穏やかだと気づけた。
迷いそうになったりつらくなったら、テレビの向こうの笑顔を真似て笑ってみせる。そんな感じでどうにかこうにか頑張った2019年が終わって。

 
 2020年1月1日。
 東京ドームから帰る途中、ショーウィンドウに映る自分に素直に「悪くないよ今日、」って思えた時は涙が出そうなくらいうれしかった。
 高いビル群と眩い光、夜が昼みたいに明るくてまるで自分の住む街とは違う。綺麗で色とりどりの人波をすり抜けて、ふと顔を向けた自分自身が楽しそうな表情をしている事がこんなに救いになるだなんて知らなかった。そしてこんな甘ったるい顔して見つめているという事実が照れくさくて笑えてしまった。
 いつか、紫色を纏うことが特別じゃなくなる日が来るかもしれない。
 大事に着てるワンピースが段々よれて普段着になるように、この気持ちだって萎びてどっかいっちゃうかもしれないし、違う誰かを1番にする日が来るのかもしれない。それでも私きっと一生、その色が世界一似合う男に掛けられた魔法を忘れない。そしてとびきりすました顔で「ありがと」っていい女ぶって笑ってみせたい。
 まあ、今のとこ全然そんな日来そうにないしいい女にもなれそうにない。だからこれからもたくさん翻弄されて、たくさん泣かされて、たくさんときめきたい。一方的に。
 


 たったひとり、あなたを1番好きな男にした夜から随分変われたと思う。


 
 アイドルを好きでいることで、自らにがんじがらめにかけた「わたしなんて」という厄介な呪いを、やっと解くことができた。離れた街のすみっこに住む女の人生を、アイドルはひらりと振った指先だけで変えてみせた。そんな奇跡みたいな平凡な出来事、多分この世に何万回も起きていて、私はその1回に過ぎないのだろうけど。
 また次の招待状を手にする夜まで、つまんない日常をシンデレラぶって乗り越えてみせるから。
 ……なーんて、そんなこと言ったら上等って笑ってくれるんだろうか。私を変えたあの人は。



 
  『あなたは まるで 退屈な夜に突如訪れたシューティングスター』*1



 









 
 
 (ていうか年末年始で食べすぎて職場の制服着るのがめちゃくちゃ怖い。ほんと、ビジュアルを保つというアイドルの仕事に敬意を表して生きよ……)

*1: 持田あき / 「真夜中にKiss」 第1話より